■プロフィール

公安ちゃん

Author:公安ちゃん
ムジチの音楽活動の紹介や日々の生活の話題を提供しています。ブログを通じて、読者との憩いの広場になれば、うれしいです。

■カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QRコード

『ブログを書く事とは。(その二)』
IMG_4819 (300x288)

ブログの凄い所は、パソコンや携帯電話があれば、全国いつでも、どこでも見れることだ。私のブログの読者も数は多くはないが、東京から岡山、広島、四国等に広がっている。毎日、ブログを開けてくれた人数が出るので、約20名の方が読んでくれているようだ。コメントは、それ程多くはないが、記事を読んでの感想であったり、連絡であったり、コメントを入れて下さる顔ぶれは、大体固定されている。最近、大学時代、オーケストラでクラリネットを吹いていた女性から、コメントを入れてくれた。数年前から、リコーダー・アンサンブルを始めているそうで、ホームページやブログも書いている事を知った。懐かしい同僚の活躍振りを知るのは、嬉しい事だ。(『ブロックフレーテの音色』)です。リンクしましたので、読んで下さい。)
 2年前の正月過ぎの事、ふとしたことから、体調不良となった。不眠が始まり、次々と体の異常が生じ、自信がなくなった。そして、何をする意欲も出て来ない<うつ状態>に陥った。すると、不思議なもので、そこに、パソコンンがあるのに、蓋を開ける意欲さへ、出ないのだ。体の中の活力のポテンシャルが、極度に下がってしまう、奇妙な病気だ。無論、ブログを書くどころではない。1か月も休んでいると、心配した読者の一人、大学時代の友人から電話が掛かって来た。何が起きたのだろうと心配してくれたのだ。結局、再開できたのは、その年の12月からであった

IMG_4820 (300x259)

 この体験をして、ブログを書くためには、ある程度、健康でなければ(頭の健康も含めて)、続けられないものだとも思った。ブログを書こうという意欲があることは、まだ幸せな事なのだ。自分の思いの幾つかでも、全国に向けて自由に発信できる事は、素晴らしい事だと思う。
 ブログは、日記帳の延長のようなものだが、私に日記を書かせ、指導して下さった、小学生の恩師の事をいつも思い出す。小学5年、6年と担任であった、<沖野太先生>。この先生は、国語が専門の先生だった事もあるが、5年生のある日の授業で、皆に日記を書くよう勧められた。私も、ノートに毎日、その日のあったことを書くようになった。先生は、1週間位書くと、それを持ってくるように言われ、昼休みに、先生が目をとうして、赤インクのペンで、感想を書いてくれて、返して下さった。私は、その先生が綺麗な字で書いてくれるのが、嬉しくて毎日書くようになった。しばらくすると、先生がこんな事が書かれていた。「毎日の出来事を丁寧に書いていますが、その日で一番感動したことや、感激したことを中心に書いて見て下さい。」と。その頃は、幼稚なので、朝起きてから、寝るまでの事を全部、克明に書くのが、日記と思っていたのだ。私は、先生の助言で、それから、面白かった出来事や母親に叱れた事等も書くようになった。あの当時は、寒い夜等は、家族が集まると、満州から引き揚げて帰った苦労話をよくしていた。それを日記に書くと、先生も大変興味を持たれたのか、「みんなが、無事に帰れて良かったね。」とか、「お母さんは、一人で大変な苦労をされたのですね。」と労いの言葉があった。いつのまにか、先生との交流が交わされているようで、書くのも楽しくなってきたのだった。
 その先生のお陰で、私は、高校生位までは、一日も休まず日記を書いた。わずか、2~3行でも、書くのが自分の仕事だと思っていたのだ。今から思うと、この沖野先生の指導がなければ、日記も書いていたかどうかわからないし、文章を書くのも苦痛であったかも知れない。それにまして、自分が感動した事や一番訴えたい事を書く事の大切さを教えられた気がする。
 沖野太先生は、よく肥えた体格の良い先生で、普段は目を細めてよく笑う先生だった。だが、授業中は、厳しくて、悪ふざけや態度が悪いと頭にげんこつをやられ、顔にピンタが飛ぶ事も珍しくなかった。怖い先生だった。日によっては、先生の機嫌の悪い日があり、朝の授業が始まると、先生の顔の表情を伺っていて、ピンとした緊張に包まれていた気がする。
 その沖野先生も、退職後若くして、肺炎で亡くなられたとの訃報に接し驚いた。もう、30年も前の事だろうか。その前に年賀状には、「私は、120%の人生を送らせてもらいました。」と書かれており、幸せな人生であったのは、間違いのないようである。

IMG_4824 (157x300)

 当時の小学校の同窓会を開いても、何回も先生にピンタを受けた生徒もいたが、懐かしい話はしても、誰も沖野先生の事を悪く言う者は、ほとんどいなかった。厳しい反面、優しい先生であったからだろうと思う。(それにしては、最近の同窓会では、あまり、沖野先生の思い出話もあまり出なくなったのは、どうしてだろう?)
いずれにしても、恩師である沖野先生のお陰で、日記を書く事を教えられ、その延長で現在のブログを書かせてもらえているのである。
 学生時代には、自分に取って、大きな影響を与えてくれる先生との出会いがあるものだ。私にとっては、国語の沖野太先生、音楽の渡部昇先生、数学の稲荷善一先生が忘れられない恩師である。


スポンサーサイト


未分類 | 09:56:28 | トラックバック(0) | コメント(4)
コメント
日記
大変ご無沙汰しています。
お元気ですか?昨年は大変お世話になりました。
日記
継続して書くことが大切ですね。
人に知らせる事ではなく自分で振り返り考えてみる事が大切なのですね。
リースが飾られていますね。懐かしいです。
又、お会いできる事を楽しみにしています。
2017-04-26 水 11:17:12 | URL | ワックスフラワー [編集]
お元気でお過ごしと存じます。二人で仕事がおいそがしいのかなと噂さしていました。5月が近くなり、我が家の庭の花も、次々と咲き始めました。また、時間があけば、起こし下さい。
2017-04-27 木 12:13:01 | URL | kimiyasu [編集]
はい、私は2月3月はとても忙しくて大変でした。
周りの方々に心配かけていましたが何とか次に引き継いで終わらせました。5月は実家に行く予定です。
夏は予定はありません。又是非お会いして色々お話しできたら嬉しいです。
2017-05-04 木 20:58:27 | URL | ワックスフラワー [編集]
色々とお忙しいようですね。また、時間を見つけて
お会いしましょう。お元気で。
2017-05-06 土 12:23:11 | URL | kimiyasu [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad