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公安ちゃん

Author:公安ちゃん
ムジチの音楽活動の紹介や日々の生活の話題を提供しています。ブログを通じて、読者との憩いの広場になれば、うれしいです。

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『ムジチを始めた頃』
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ムジチの第一回の定例会は、平成18年9月18日(金)
行われている。その時の案内状を書いたのは、僕だが、それを読むと、当時の事が、彷彿と思い出された。
 そもそもの始まりは、スタジオ・プロヴァンスで、お茶を飲んでいる時だった様に思う。プロヴァンスの奥様と友達の花田菊子さんと僕達夫婦でおしゃべりをしていた。プロヴァンスさんと花田さんとは、昔女性コーラスをされていて、その頃からのお友達だった。その時、花田さんが、「時には、皆でお茶でも飲みながら、音楽でも聞いたらいいわよね。」とおしゃられた。それに、僕達も賛同して、「そしたら、そんな会を始めてみましょうか。」と僕が言ったのだ。
それより以前に、スタジオ・プロヴァンスで、時々ミュージシャンを呼んで、音楽会をされていた。マスターもジャズが好きで、レコードも沢山集めておられ、音楽好きの御夫婦だったのだ。それに、誘われて、僕達夫婦も時々、音楽会に参加させてもらっていたのだ。その会場を、無料で提供して下さるので、その音楽会の延長のようなものだった。
 プロヴァンスさんご夫婦と知り合いになるまでは、「あの建物は、サイロのある、オレンジ色の屋根で、フランスのプロヴァンス風のオシャレな作りよね。一体どんな方が住まわれているのだろう。」と僕達二人で、うわさしていた。音楽会で会場へ入ると、イギリス風の品のある家具や食器等に驚いた。こんな素敵な会場を使わせてくれるのは、ありがたかった。プロヴァンスでは、イギリス風の<アフターヌーン・ティ・セット>を食べさせてくれ、お客さんも多く、特に音楽関係のお客さんが、よく来て下さると聞いていた。
 第一回の定例会は、僕が担当し、<シューベルト:ピアノ五重奏「ます」>を聞いた。一人千円で、お茶と軽食を出してくれた。最初の世話人は、花田菊子・斉藤勲・山内朝光・大野公郎の4名で、持ち回りで行う事になった。その最初の定例会は、音楽鑑賞だけで、終わったように思う。しかし、誰かが、音楽鑑賞だけでは、物足りないので、音楽仲間で、自分達で演奏をしたらどうかと言う、提案があった。そこで、次回より、音楽発表会も行う事となったのだ。
 この定例会は、毎月第3金曜日の午後7時から行う事になったので、毎回の段取りが、忙しかった。プロヴァンスの奥さんは、京都の娘さんが送ってくれるメニュウーや材料を使い、毎回違う料理を作って下さった。夕食が、食べられるので、集まりやすく、料理も好評だった。
 一か月は、すぐやって来る。1週間前位になると、今度は、アトラクションは、誰に頼むか、聴衆が少ないようだと、前日に電話したりして、来てもらう事も。
 そのうちに、メインに近隣のセミプロのような、ミュージシャンを招くようになった。1年に一回は、世話人会を開き、年間のスケジュールを決めるようになった。
 その後、色々な事もあったが、よく10年間も続いたものだ。3年前から、毎月は大変なので、3か月に一回の定例会にしようと言う提案が世話人会であり、了承された。

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ただ、非常に残念な事は、最初の発起人であった、花田菊子さんが、不慮の自動車事故で亡くなられた事だ。
 2年前の一月末、朝から雪が降る日に、猫の餌を買いに、近くのコンビニに舗道を歩いていたところ、通勤途中の車が、スピードを上げて、前の車を追い越した。その車が雪のため、スリップして、丁度舗道を歩いていた、花田さんを直撃したのだ。ほとんど、即死の状態であったようだ。
 悲痛な出来事だった。花田さんは、博学多彩で、音楽だけでなく、宗教や哲学にも、広い見識を持たれた方だった。いつも前向きで、彼女から学んだ事も多かった。もう、80歳を過ぎていたが、いつも勉強し、人のために尽くすような独居生活をされていた。ムジチでは、男性コーラスがお好きで、よく聞かせて頂いた。天満敦子さんの<望郷のバラード>等のヴァイオリン曲も聞かせて頂いた。花田さんとは、あちこちに、一緒に出掛けたものだ。よく。お宅にも招いて下さり、珍しい料理を御馳走して頂いた。水彩画を一緒に習いだしたのも、同じ頃だった。その頃の写真を見ると、懐かしさがこみ上げ、目頭がジンと潤む気がする。「もう、いつお迎えが来てもいいのよ。」と口癖のように言われていたが、その通りになってしまった。ここに、深く哀悼の意を表します。





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